東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12050号 判決 1989年8月24日
原告
前 田 正 夫
右訴訟代理人弁護士
岩 井 重 一
同
鐘 築 優
同
小 野 明
被告
神奈川県自動車整備商工組合
右代表者代表理事
高 橋 功
右訴訟代理人弁護士
佐 藤 昇
同
寺 尾 寛
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙物件目録一記載の建物の持分六分の一について東京法務局大森出張所昭和六二年六月一日受付第三一八六六号の抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)について持分六分の一の共有持分(以下「原告持分」という。)を有している。
2 被告は、本件建物の原告持分について、東京法務局大森出張所昭和六二年六月一日受付第三一八六六号の抵当権設定登記を経由している。
3 よって、原告は、被告に対し、本件建物の共有持分権に基づき、右登記の抹消登記手続をすることを求める。
二 請求原因に対する認否
全部認める。
三 抗弁
1 被告は、訴外セイワモーター株式会社(以下「セイワモーター」という。)に対し、昭和五九年一月二五日、二000万円を、弁済方法昭和六0年一月から平成三年一月まで二か月毎の各二五日限り五四万円宛(但し、最終月は五六万円)に分割して支払う、約定で貸し付けた。
2 原告は、右同日、セイワモーターの被告に対する右借入金債務について連帯保証をした。
3 被告は、原告に対し、右貸付金残額等につき、右保証債務の履行請求の訴えを提起したところ、当裁判所昭和六一年(ワ)第一一二四二号事件として係属し、昭和六二年二月二0日の第五回口頭弁論期日において、原告は被告に対し元本一八九二万円及びこれに対する昭和六0年三月二五日から完済まで年六.六パーセントの割合による利息金の支払義務のあることを認め、これを別紙のとおり分割して支払う、原告は被告に対し、右支払債務の担保のため、本件建物の原告の共有持分権につき抵当権を設定する旨(以下「本件抵当権」という。)の裁判上の和解が成立した。
四 抗弁に対する認否
全部認める。
五 再抗弁
1 訴外松澤孝吉は、被告に対し、昭和六0年一月二五日、セイワモーターの被告に対する右借入金債務を担保するため、その所有にかかる別紙物件目録二記載の不動産(以下「松澤不動産」という。)について抵当権を設定した。
2 その後、松澤不動産につき横浜地方裁判所において競売開始決定がなされ(同裁判所昭和六一年(ケ)第二0一号)、四七三九万円で競落された結果、被告に対し二二六六万五三00円が配当され、結局、セイワモーターの被告に対する右借入金債務は全額弁済により消滅した。
3(一) かくて、被告は、訴外松澤孝吉に対し、本件建物についての本件抵当権設定登記につき附記登記手続を経由すべきであるが、右登記手続義務は訴外松澤に対する義務であるにすぎないから、右義務の存在を理由として原告の本件抵当権設定登記の抹消登記請求を排斥することはできず、これに応じるべきである。
(二) また、訴外松澤は被告との間で松澤不動産につき抵当権を設定するに際して、被告がその都合によって他の担保を解除しても免責を主張しない旨のいわゆる担保保存義務免除特約を合意した。
被告は、右特約により債権の弁済を受ける前に自己都合を理由として本件抵当権を放棄する等して右登記を抹消しても、訴外松澤から担保保存義務違反に基づく責任を追及されることはないのであるから、同様に右特約の効果として被告が代位弁済を受けた後に右登記を抹消しても右訴外人から附記登記協力義務違反の責任を追求される恐れはないので、被告は原告に対し本件抵当権設定登記の抹消登記手続をすべきである。
(三) 仮に、右免除特約が被告の権利であって義務ではないとしても、訴外松澤が行方不明であるため被告が同人に対して本件抵当権設定登記の附記登記手続を経由することができず、その結果原告が右抵当権設定登記の抹消登記手続ができないところ、被告としては右登記を抹消しても右特約の効果として訴外松澤から責任を追求される恐れはないのであるから、右のとおり権利であることを理由に本件抵当権設定登記の抹消登記手続に応じないことは権利の濫用である。
六 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の(一)の主張は争う。
同3の(二)の前段の事実は認め、後段の主張は争う。
同3の(三)のうち、訴外松澤が行方不明であることは認め、その余の主張は争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因事実及び抗弁事実はすべて当事者間に争いがない。
二そこで、再抗弁について判断する。
1 再抗弁1(松澤不動産についての抵当権設定契約の成立)及び2(松澤不動産の競落に伴う被告への配当と本件借入金債務の消滅)の事実は当事者間に争いがない。
(なお、原告は本件抵当権の被担保債権は裁判上の和解により発生した債権であって被告のセイワモーターに対する貸金債権とは異なる旨主張するけれども、原告自身もその主張上、松澤不動産の競落に伴う被告への配当の結果、セイワモーターの被告に対する主たる債務(借入金債務)が消滅し、それに伴って本件抵当権の被担保債務も消滅したことを前提にしているものであるから、前記両債権の同一性を自認していることが明らかである。)
2 再抗弁3の事実について検討する。
(一) 物上保証人の出捐によって債権者が債権の満足を得た場合には、物上保証人による法定代位を生じ(民法五00条)、代位者は求債権の範囲内において「債権の効力及び担保としてその債権者が有せし一切の権利を行うことを得」る(民法五0一条)のであるから、債権者との関係では債権が消滅するとしても、代位者との関係では、債権者の有した債権自体はもちろん、その保証債務及びこれを担保するために設定された抵当権も消滅せず、代位者に対し法律上当然に移転する。
そして、この場合には、債権者は、代位者に対し、抵当権設定登記につき代位の附記登記に協力すべき義務を負担するものと解する(民法五0三条)のが相当である。
かくて法定代位により代位者に移転した抵当権については、代位者が実体法上の権利者である反面、債権者は、もはや右権利を有することはなく、かえって代位者に対し、代位の附記登記に協力すべき義務を負担するものであるから、代位者においてその抵当権を放棄し、抵当権設定登記の抹消に同意する等特段の事情のない限り、債権者において独自に抵当権設定登記を抹消することはできないものというべきであり、この理は抵当権設定者から裁判上で抵当権設定登記の抹消を求められた場合も同様であり、債権者は、右特段の事情のない限り、右抵当権設定登記の附記登記義務の存在をもって抵当権設定者からの抹消登記請求を排斥し得ると解すべきである。
したがって、右見解と異なる再抗弁3の(一)の主張は採用することができない。
(二) 次に、原告は担保保存義務免除特約の合意を前提としたうえ、右特約の効果として被告は本件抵当権設定登記の附記登記の協力義務も免除される旨主張するところ、右特約の存在は<証拠>により認められるが、右特約は、法定代位者である物上保証人が代位弁済をする前に債権者が物上保証人に対しその責任を追及した場合において、物上保証人は債権者に対し民法五0四条を根拠として免責の主張をすることができない旨を定めたもの(民法五0四条所定の免責についての特約)と解するのが相当であって、物上保証人がその責任を履行して債権者の有する抵当権を代位により取得した場合において債権者の物上保証人に対する右抵当権設定登記の附記登記の協力義務までも免除する旨を定めたものと解することはできないことは勿論、右特約により法律上当然に右附記登記の協力義務の免除の効果が発生するものと解することもできない。
したがって、再抗弁3の(二)の主張は理由がない。
(三) さらに、原告は担保保存義務免除特約の効果として被告は本件抵当権設定登記の附記登記の協力義務も免除されることを前提としたうえ、被告が右抵当権設定登記の抹消登記手続に応じないのは権利濫用である旨主張するが、担保保存義務免除特約の効果として右附記登記の協力義務までも免除されるとは解し得ないことは右のとおりであるので、右主張はその前提を欠き、理由がない。
三以上の事実によれば、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官北山元章)
別紙<省略>